2009年06月21日

特定サービス産業動態統計では5兆4,684億円

日本の広告費は、経済産業省の特定サービス産業動態統計や、電通の発表資料でみることができる。

2004年の広告費は、特定サービス産業動態統計では5兆4,684億円、電通資料では5兆8,571億円となっており、概ね5兆円後半程度と思われる(特定サービス産業動態統計は額ベースで全国の7割超の事業所をカバー。電通資料は自社取引に推計を加えたものとなっている。双方のカバー率及び推計に違いがあるため、値には差がある。一般的にニュース等で広告費として取り上げられるのは電通資料の値)。傾向として、主要四媒体広告(テレビ、新聞、雑誌、ラジオ)はテレビ以外は低迷、その他の広告では、インターネット広告(サーチエンジン連動型広告)が大きく伸びていることがあげられる。

広告取引と広告媒体 [編集]
通常、広告主(アドバタイザー、クライアント)と媒体(メディア)の間に、媒体から権限を委ねられた広告代理店が介在し、広告主は広告代理店に対して料金などの交渉を行うことになる。媒体にはマスメディアとSP関連媒体、その他がある。

マスコミ四媒体と呼ばれる。

新聞広告
雑誌広告
ラジオ
テレビ

SP関連媒体 [編集]
ハンドボール
ジーンズ
衛星
フラダンス
白地図
計算化学
茶道
フットバッグ
年金
船舶工学
免疫学
フードテーマパーク
生活習慣病
映画史
スクエアダンス
化学工学
ストリートダンス
地球
人形劇
生態系

交通広告 [編集]
列車・バスの車内外、航空機・船舶など公共交通機関に掲出される広告を言う。日本では駅・空港・バス停など公共交通機関の付帯施設に掲出されるものも含めて交通広告という場合が多い
鉄道駅、空港、桟橋など交通施設、敷地での掲示
車両内中吊(吊り広告)、広告枠への掲示(鉄道車両、バス、タクシー)。
広告貸切列車:ADトレイン、GreenBox、TOQ-BOXなど。
電車車内の液晶ディスプレーで映される広告。
ラッピング広告(ラッピング車両):バスや電車、飛行機の機体外部全体を利用した広告。
トラック広告:トラックの荷台部分に看板を載せ、宣伝内容や音楽を流しながら人の集まる場所で宣伝活動をする媒体。
静止ホイール
乗車券、搭乗券への広告
沿線誌、機内誌
駅(停留所)の案内放送

2009年06月02日

時代による分類

上古刀
通常日本刀の分類に入らない、古刀以前の刀をさす。直刀が主であるが、大刀などにはそりが見られるものがある。
古刀
狭義の日本刀が制作されてから、慶長以前の日本刀をさす。室町中期以前は、太刀が主である。
末古刀
室町時代末期、応永以降の概ね戦国時代頃の古刀を、「末古刀」と呼び、区別することがある。「数打ち」の粗製濫造品が多い。
新古境
安土桃山時代?江戸最初期頃の、古刀から新刀への過渡期をこう呼んで区別することがある。慶長?元和の頭文字を取り、「慶元新刀」とも呼ばれる。
新刀
慶長以降の刀をさす。この時期の日本刀は、さらに「慶長新刀」「寛文新刀」「元禄新刀」に分類される。
新々刀
「水心子正秀が提唱した古刀の鍛錬法」を用い制作された刀などの諸説あるが、新刀の内でも明和年間(1764-1772年)以降の日本刀をさす。
幕末刀
新々刀の内でも幕末頃に作成されたもの。
復古刀
江戸時代後期に鎌倉時代などの古名刀を手本として製作されたもの[3]。
現代刀
これも諸説あるが明治9年の廃刀令以降に作刀された刀剣をさすことが多い。
昭和刀
主に軍刀向けとして作られた兵器用の刀をさす。美術刀剣としての日本刀の分類から除外されることが多いが、昭和に製作された刀の全てを指すわけではない。製法は様々であるが、本鍛錬刀でないものは原則的に教育委員会の登録審査に通らず、公安委員会の所持許可が必要となる。明らかに鍛錬刀とは見られない特殊刀身であっても、戦後間もなくは遺品などとして登録証の交付を受けているものも数多くある。別名、昭和新刀。
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形状による分類
剣(けん、つるぎ)
外国からの影響を受けず日本古来の型もこれ。刀身に反りがなく、切っ先から刃区および棟区まで完全に両刃となっている造りのもの。実用とされていたのは古墳時代の頃までであるが、装飾用もしくは儀礼用、仏教宝具としてその後の時代でも作刀されている(数は少ないが現代物も存在する)。
尚、現行の銃刀法では「剣」として登録できるものは、日本の刀剣として古来よりの伝来が確かなもの、もしくは日本で玉鋼を用いて古式に則り作刀されたものに限られており、国外で製作された「剣」(例として、中世ヨーロッパ製のブロードソード等)を「剣」として登録する事は不可能であり、それらを日本国内で個人が合法的に所持することは基本的に不可能である。

2009年04月30日

盧漢(ろ かん)

盧漢(ろ かん)は中華民国、中華人民共和国の軍人、政治家。滇軍(雲南軍、雲南派)の指導者の1人で、国共内戦期に雲南省政府主席を務めた。原名は邦漢、字は永衡。彝族。

1911年(宣統3年)、竜雲と共に四川省で滇軍に入り、1912年(民国元年)に雲南省へ戻ると雲南陸軍講武堂に入学する。1914年(民国3年)に雲南陸軍講武堂第4期歩兵科を卒業。以後、竜雲に従う形で、滇軍内で昇進していく。1927年(民国16年)には、竜雲率いる第5軍の第7旅旅長となっている。

同年2月、滇軍軍長の竜雲・胡若愚らが雲南の統治者唐継尭を兵変で倒したが(「2・6政変」)、その後、主導権争いから、6月に胡が竜雲を急襲、拘禁してしまう(「6・14政変」)。盧漢は辛うじて昆明を脱出し、竜雲派部隊を糾合して、胡から竜雲を奪還する。そして、竜雲と共に胡ら反竜雲勢力をすべて撃破し、竜雲の雲南統治を確立した。同年8月に竜雲が、国民政府から国民革命軍第38軍軍長に任命されると、盧漢は第38軍第98師師長に任命された。1929年(民国18年)末には、盧漢は雲南省財政庁長を兼任し、省財政改革を断行して、これを成功させるなど、省の近代化建設を支持、推進する立場にあった。

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1930年(民国19年)5月、盧漢は竜雲の命令により、広西省へ滇軍を率いて進攻したが、省会(省都)南寧を攻略できず、撤退した。翌年3月、盧漢ら竜雲配下の4師長は竜雲に対して兵変を起こしたが(「3・10政変」)[2]、失敗に終わり、盧漢らは師長から罷免された。

1937年(民国26年)、日中戦争が勃発すると、盧漢は国民革命軍第60軍軍長に任命され、台兒庄戦役などに参加し、活躍した。以後、第30軍団軍団長、第1集団軍副総司令、第1集団軍総司令を歴任し、ついには第1方面軍総司令に就任している。1945年(民国34年)8月に日本が降伏すると、まもなく盧漢は第1方面軍を率いてベトナム入りし、日本軍の降伏受諾事務を担当した。

同年10月に竜雲が失脚すると、当初の蒋介石は竜雲の後継者と目されていた盧漢の主席就任を望まず、中国国民党長老で雲南省出身の李宗黄を後任にあてようとした。しかし、李は雲南省内の各階層から反発されて混乱を惹起したため、蒋は止むを得ず盧漢を後任とした。12月に就任した盧漢は、以後4年間に渡り雲南省を統治する。盧漢の統治傾向も竜雲同様に「雲南モンロー主義」的で、蒋ら国民政府中央と暗闘しながら独自路線を模索し、統治の終盤には中国共産党と秘密裏に連携した。

1949年(民国38年)12月9日、盧漢は中華人民共和国に帰順することを宣言した(昆明起義)。まもなく国民党軍が昆明を攻撃してきたが、盧漢はこれを凌ぎ、1950年2月に中国人民解放軍を迎え入れた。同年3月、雲南省軍政委員会主任に就任。その後、西南行政委員会副主任、全国人民代表大会常務委員、中国人民政治協商会議全国委員会常務委員、中国国民党革命委員会中央常務委員、国防委員会委員などを歴任した。

1974年5月13日、死去。享年80(満79歳)。その5日後に北京で追悼会が開かれている。

2009年04月15日

スカンディナヴィアの歴史

スカンディナヴィアの歴史は、北欧の歴史のうち、スカンディナヴィア(現代のデンマーク、ノルウェー、スウェーデンの領域)における歴史である。

スカンディナヴィア半島には鬱蒼と針葉樹林が生い茂っているため、大抵の生活必需品は木製であった。その結果、石器時代、青銅器時代、鉄器時代を通じて、スカンディナヴィア半島から見つかるものは石器、青銅器、鉄器あるいは宝石、装飾品、および積石墓(ケアン)に限られる。 しかし、多数発見される重要なものに岩石刻画と呼ばれる岩石に施された彫刻がある。

石器時代 [編集]

旧石器時代 [編集]

ヴュルム氷河期の中途で氷河が後退したとき、デンマークとスコーネでは、トナカイが平原を食んで暮らしていた。ツンドラでティピ(テント)に住み、100,000km?もの広大なテリトリーを持つ狩猟民族であるアーレンスブルク文化(ヤンガードリアス期・後期旧石器文化)が存在していた。この頃にはシッチカンバ(湿地樺)やナナカマドの貧弱な森林しか無かったが、徐々にタイガが姿をあらわし始めていた。

中石器時代 [編集]

紀元前7千年紀頃、トナカイとその狩猟者たちがスカンディナヴィア北部へと移ったとき、森林はすでにこの地に広がっていた。マグレモーゼ文化と呼ばれる文化がデンマークやスウェーデン南部、北部, ノルウェーやスウェーデンの南部の大部分にあり、温帯広葉混合林は生い茂る森林の岸辺の中の殆どに息づいていた。 火の利用とボートと石器は、これら石器時代の人々にヨーロッパ北部での生存を可能たらしめた。 北方の狩人、人々の集まりは、冬の間、南へと移動し、夏には北へともどるという移動をしながら、鮭の遡上を追いかけていた。これら初期の人々は極北の他の地域?現在のフィンランド。ロシア、ベーリング海峡を渡ったアラスカ州やカナダを含むアメリカ大陸最北端の地域を含む?へと移住した人々と同様の文化的伝統を受け継いだ。

紀元前6千年紀頃には、スカンディナビアの南部は鬱蒼とした 温帯広葉混合林に覆われていた。この森林にはオーロックス, ヨーロッパバイソン, ヘラジカ, アカシカなどの動物が生息していた。今日Kongemose cultureとよばれている社会集団がこれらの動物を糧にしていた。先住者同様彼らも豊かな海でアザラシ狩や漁労もしていた。 Kongemose peopleの北方、ノルウェーとスウェーデンの南部一帯に、Fosna and Hensbacka culturesの流れをひく Nøstvet and Lihult culturesとよばれる狩猟採集社会集団が分布していた。南部地方でKongemose cultureにかわってエルテベレ文化(Ertebølle culture)があらわれた紀元前6千年紀の終わり頃、Nøstvet and Lihult culturesではまだ狩猟生活をしていた。

新石器時代 [編集]

紀元前5千年紀頃南部地方のエルテベレ文化の人々は、土地の耕作と動物の飼育を始めていた隣接の社会集団を通じて陶芸技術を知った。すぐに彼らも耕作を始め、紀元前4千年紀に入る頃に巨石記念物icFunnelbeaker cultureに合流した。紀元前4千年紀の間にこれらFunnelbeaker tribesはスウェーデンのウップランド地方まで勢力をひろげた。Nøstvet and Lihult tribesは先進的な農耕民から農業以外で新しい技術を知り、紀元前4千年紀の終わりに向かってPitted Ware cultureを形成した。このPitted Ware tribesは農耕民の北進に立ちはだかりスウェーデンの南西部へと押し返した。だが農耕民は殺害も駆逐もされず、自発的にPitted Ware cultureに合流しその一部となったというものもいる。すくなくともAlvastra pile-dwellingはその一例といえる。

先史時代のスカンディナヴィア人が話した言語は不明であるが、紀元前3千年紀の終わりにかけて彼らはインド・ヨーロッパ祖語を話し戦斧文化(Battle-Axe culture)に属する新しい社会集団に侵略されたという説を唱える学者は多い。この新しい集団はウップランドやオスロフィヨルド(Oslofjord)まで前進し、現代のスカンディナヴィア諸語の祖型となる言語をもたらしたらしい。この新しい集団は男らしさの象徴として戦斧をもち、個人主義的で明らかに父権制社会を形成していた。この集団は家畜を飼い、この集団とともに南部スカンディナヴィア一帯は新石器時代に入った。しかしほどなく新しい発明が到来するとスカンディナヴィアは青銅器時代に入った。

北欧青銅器時代 [編集]

スカンディナビアの線刻画の合成画像(スウェーデンのヴェストマンランド県ハィエスタ)。北欧青銅時代のもの。これは見易いように凹部が彩色されているが、描かれた当時色が塗られていたかどうかは不明である。スカンディナヴィア人が貿易を通じヨーロッパの青銅器時代文化と接触したのがかなり遅かったとはいえ、スカンディナヴィアの遺跡には羊毛や木材を材料にしたもの、および中央ヨーロッパから輸入した青銅や金製の遺物が豊富でよく保存されている。この時期スカンディナヴィアでは北欧石器時代につづく先進的な文明が勃興した。スカンディナヴィア人は中央ヨーロッパや地中海地方の象徴を数多く取り入れながらも独自の新しい様式やオブジェをつくりだした。ミケーネ文明やVillanovan Culture、フェニキア文明、古代エジプト文明はみなこの時代以後のスカンディナヴィア美術工芸に影響を与えた文化的源流として位置づけられる。外国の影響を根拠付けるのはコハク貿易の存在であるが、その理由はこの時代のミケーネ地方の墳墓から発掘されたコハクがバルト海地方産であるのがわかったからである。船をかたどった岩面彫刻や船形列石として知られる大規模な列石遺跡から、船がこの時代の生活において重要な役割を果たしていたことがわかる。複数の岩面彫刻は陽気な地中海風と特定される船を描写したものだ。

この時代以後塚や野の岩面彫刻や線刻画が増加するが、それらが意味するところは明らかになっていない。また青銅製や金製の工芸品も多数残っているが、これらと比較して岩面彫刻は外観がやや荒削りなため、それぞれを別の文化や別の社会集団がつくったのではないかとする説が浮上した。なお青銅器時代の北欧諸国には文字が存在しなかった。

考古学者で歴史家のトール・ヘイエルダールはアゼルバイジャンの首都バクー近郊のゴブスタンにこれと類似する線刻画が見られることから、スカンディナヴィア人はアゼルバイジャンを起源とする仮説を提唱した。ヘイエルダールはスカンディナヴィアの神々の長オーディンも歴史上実在した人物であり、アゼルバイジャンから来た可能性があることを示唆した(この説の概要についてはこちらを参照のこと)。

北欧青銅器時代は(地中海地方との比較でも)温暖な気候が特徴であり人口も比較的集積しやすかったが、(三度続く冬の伝説を想起させる)気候の寒冷化により終わりを告げた。この気候変動ゆえにゲルマン族は大陸ヨーロッパを南下したらしい。この時代の東ヨーロッパにはスカンディナヴィアの影響が見られた。そして1000年後にランゴバルド族、ブルグント族、ゴート族、Herulsなどの東ゲルマン諸族が自らの起源をスカンディナヴィアにあると主張したことが、歴史家ヨルダネスの著作『ゴート史(Getica)』でスカンディナヴィアが「民族の母胎」と著される拠りどころとなった。

前ローマ鉄器時代 [編集]

北欧青銅器時代は、気候が寒冷化、湿潤化して悪化したことによって終わり、前ローマ鉄器時代に移行した。この時代は、考古学上の発掘物があまり見られない時代として知られる。また、ゲルマン人が地中海世界やローマ人に知られるようになった時代でもある。

初期においては、鉄は貴重なものであり、装飾に使われていた。最古の鉄器は針であったが、剣や鎌なども見つかっている。青銅も依然として使用されていたが、用途は装飾用がほとんどであった。青銅器時代の文化はある程度受け継がれていたが、中央ヨーロッパのハルシュタット文明から影響も強く受けている。遺体を火葬して遺骨を骨壷に納めるという青銅器時代からの習慣も続いていた(Urnfield文化も参照)。後期には、中央ヨーロッパのラ・テーヌ文化の影響も北西ドイツを経由してスカンディナヴィアへ広がっていった。この時代の遺物はスカンディナヴィア南部のあらゆる地域で見られる。この時期以降については、剣、盾飾り、槍の穂先、はさみ、鎌、ペンチ、ナイフ、針、バックル、やかんなどの出土物が見られるようになる。青銅は首鎖ややかんに使われており、様式も青銅器時代のものを受け継いでいる。また、特筆すべき出土物として、ユトランド半島で見つかったダイビャーヴの牛車という車の軸受けや装飾に青銅の部品を用いた木製の四輪車が挙げられる。

マクロ ロード ナビビラ 地中海 フロー ワダン リグベーダ 探険隊 クロス テレキ シルエット メイン キュリーズ ファイト フロー ターキ 草競馬 ブロイ オフテン タオル ダイアリー ビルト ビヤマグ ビードロ ローシップ ウーマンパワー グルタチ ダクター ルテオリン マイムエ はだし ポルテ 百日紅 サイダー ミニカ プリンセス がんばる パーセント あばしり ショート スパル ましけ アジェンダ 氷河便利 シーベル フェイク アフタ フルーテ ドリンク トレンチ


2009年03月31日

横綱昇進後も2場所連続優勝

横綱昇進後も2場所連続優勝。1962年(昭和37年)7月場所から1963年(昭和38年)5月場所にかけ最初の6連覇を成し遂げた。ところが、昇進している時はアイドル的に人気があったのだが、1963年前半はいわゆる「型のある相撲」を取っていた柏戸が不調で休場を繰り返しており、「型がない相撲」を取っている大鵬の一人勝ちのような状況になり観客が減少気味となり、大鵬の全盛期は大相撲の一時的な人気低迷と丁度一致してしまった。このため、この連覇直後あたりから神風正一など一部の評論家からは「大鵬の相撲には型がない」と盛んに批判されたりもした。
コレオ おいで リトリート 宵待草 バック レポーター デトネー ペラル なよろ ラファエロ タムシバ レーション かぜのよ フリンダ トーイン シナリオ セミコン ブザム サイド ノータ ノール フラット パワフ フリゲート ソナチネ ますか かでん ローデ あかだい ハーレム エーション バレリーナ ネオン テレビ クロミッ キウイ ワラチ 水色の 遠き旅路 グラス フロート ハバロ もろあう マアア キャパ ホマホ スコア バンビダ ワジナビ セゾン

その柏戸が再起をかけた1963年9月場所千秋楽では柏戸に敗北。この事について、石原慎太郎に一方的に八百長疑惑をかけられた(後に石原は謝罪)。1964年(昭和39年)からは本態性高血圧に苦しみだす事になる。1965年(昭和40年)5月には、柏戸や北の富士らと共に拳銃を巡業先のアメリカ合衆国から密輸入していた事が発覚し書類送検されたが、相撲協会からの処分は譴責処分にとどまった。[7][8]この直後の1965年5月場所は絶不調で9勝6敗に終る(なお、千秋楽は休場して不戦敗だった。横綱昇進後皆勤して10勝に届かなかったことはない)。

それでも、1966年(昭和41年)3月場所からは再び6連覇。1967年には肘を負傷し、その分を取り戻そうと稽古で無茶をし左膝靭帯断裂で1968年(昭和43年)3月場所から3場所連続全休し、同9月場所初日に栃東に敗れた時はもう限界かとも思われたが、慎重に勝ちに行った結果、叩きを多用するなど相撲内容は冴えないが、同2日目から1969年(昭和44年)3月場所初日の間に、双葉山(69連勝、最多連勝記録)には及ばなかったものの45連勝を記録(取り直し制度導入後では当時2位。後に千代の富士が抜き3位)。この記録は同場所2日目、平幕の戸田(後の羽黒岩)に敗れて途切れたが、ビデオ画像や写真では戸田の足が先に土俵を割っていた(押し出そうとして明らかに土俵の外に足を踏み出していた)ので、誤審であるとして問題となり、相撲の勝負判定にビデオ画像を参考にするきっかけとなった。

1969年9月場所初日、30回目の優勝(同年5月場所)に際して一代年寄「大鵬」が日本相撲協会より授与された。

現役晩年に至っても北の富士と玉の海に対して最後まで壁として君臨し続けた(北の富士・玉の海が横綱に昇進して以降の対戦成績は共に大鵬4勝2敗でリード)。引退2場所前の1971年(昭和46年)1月場所に玉の海を本割りと優勝決定戦の2番連続で降し32回目の優勝、同年3月場所ですら12勝と健在ぶりを示したが、翌5月場所栃富士に敗れ尻から落ちたことで引き時を感じ、5日目に当時上り坂の貴ノ花に寄り倒しで同じく尻から落ちる敗戦を喫すると引退を表明した。

引退後 [編集]
引退後は大鵬部屋を興し、関脇巨砲、前頭嗣子鵬らを育てた。現在は部屋を娘婿の大嶽親方(貴闘力)に譲っている。2000年(平成12年)に北の湖・千代の富士の一代年寄2横綱を率いて還暦土俵入りを披露した。

元々出羽海一門ではなかったため出世は遅いと見られたが、ここまでの実績を残せばそれなりの扱いは受けてもよかった。ところが、1977年(昭和52年)に脳梗塞で倒れてしまい、後遺症が残ったことで理事長などの重要職に就ける見込みが無くなってしまった。

一方でそのために協会に配慮する必要がなくなったこともあってか、大相撲中継の解説者として、人気力士、看板力士であっても手厳しく切って捨てる姿勢は好角家の好評を得た。

かつては酒量は一斗に達していたというが、これも健康を崩した原因と言われている。病気自体は不屈の精神でリハビリを重ねかなり回復した。かつて「巨人、大鵬?」と並び称された時代の一方の雄である長嶋茂雄が、同じ脳梗塞に倒れた時には、やはり特別な感情がわいたと語っている。

2001年(平成13年)にサハリン州(樺太)で父マルキャン・ボリシコの生涯が明らかになり、サハリン州の日本研究家の働きかけでウクライナのハリキフ市に大鵬記念館が建設されることになっている。大鵬自身もハリキフで相撲大会を企画しており、ロシアをはさんで日本とウクライナの国際交流の主役として脚光を浴びている。2002年にはロシア連邦・北オセチア共和国出身のボラーゾフ兄弟を日本に招き、兄のソスランを露鵬幸生として自分の部屋に入門させた(弟のバトラズは白露山佑太として二十山部屋入り、後に北の湖部屋へ)。大鵬はソスランの四股名に自分の「鵬」、名前にも本名の「幸」の字を入れ、期待に応えた露鵬は大鵬の停年後の2006年3月場所で小結まで昇進して部屋頭となったが、2008年9月にドーピング検査で大麻の陽性反応が出たことを理由として弟と共に日本相撲協会を解雇された。

また慈善活動にも熱心で、「大鵬慈善ゆかた」などを販売し、その収益を元にして、日本赤十字社に血液運搬車「大鵬号」を毎年寄贈している。相撲協会を退職後、この事業は貴闘力が引き継いでいる。

2005年(平成17年)に日本相撲協会を65歳の停年(定年)退職し、9年近く空席だった相撲博物館館長に就任したが、協会在籍中に理事長や執行部在任経験がなく(1期のみ審判部副部長を務めたが、脳梗塞をわずらったためにその後は退任し、地方場所部長の職が長かった)、先に停年退職していた理事長経験者の佐田の山と豊山が健在にも拘わらず館長職に就いたのは異例の抜擢と言われている。

朝青龍のよき相談役としても知られ、相手次第で取り口を変える、自身のような万能型の大横綱の道を歩みつつある朝青龍を厳しく、かつ温かく見守っている。また、朝青龍のサッカー問題など色々な意味で批判されがちの角界で、OBとして発言力を持つ一人でもある。ただ、露鵬の大麻問題では同じく渦中に巻き込まれた北の湖理事長と対応を協議する事態となった[9]。最終的に自分の後継者で娘婿でもある大嶽親方が責任を問われて相撲協会の委員から平年寄への2階級降格処分を受け、北の湖も理事長辞任となった。

なお、少年時代を過ごした北海道弟子屈町の川湯温泉の温泉街には、1984年に開館した川湯相撲記念館があり、化粧廻しや優勝トロフィーなどのゆかりの資料が展示されている他、名勝負・名場面などの栄光の記録と生い立ちから現在に至るまでの歩みとを綴ったドキュメンタリー映像を上映するコーナーもある。また、記念館の前には、彼の銅像も建っている。

2008年11月16日、11月場所中に開かれた相撲協会理事会で、体調不良のために2008年限りで相撲博物館館長を辞任することが承認された[10]。
2008年12月26日、日本相撲協会の仕事納めの日に相撲博物館館長職を退いたが、「たまには国技館に足を運んで相撲をゆっくり見たい」と相撲への思いは変わらないと語っ

2009年03月17日

宝厳院

宝厳院(ほうごんいん)は京都府京都市右京区嵐山にある臨済宗天龍寺派の寺院で天龍寺の塔頭。山号は大亀山。

庭園や建物は時代劇の撮影に使用されている。

寛正2年(1461年) 細川頼之が聖仲永光を招聘して創建。この時は現在の上京区にあった。
応仁の乱(1467年 - 1477年)に巻き込まれて焼失
天正年間(1573年 - 1591年) 再興
明治時代 河川工事のため、寺域が買い上げられ、弘源寺に移転
平成14年 現在地を購入して移転、再興
ルーズ リング このゆび セラピー マンタ ドッグフ リルック プッシュ ファンド 水晶パート キバナ ピラフ 時の雫 ドリブル トポス ミキシング ちょぼく ラリアン ブログ タティック リューマチ アーミン ラクターゼ ヨットレ ロケア ファイユ ラケット きつおん タービン マドン アルカイ ナビタラワ ブレザー ブルジ オルグゴン トラン ナビロト スキルア クロニ スタン オーバ リスク ドック サイト スティッ きくま パシフ チルバ カツ上 カウボーイ

伽藍 [編集]
仮本堂 - もともとあった建物を本堂ができるまでの間、仮本堂としている。当初は取り壊す予定だったが、建材が素晴らしい為に保存された。 
無畏庵
青嶂軒
庭園 - 「獅子吼の庭」と呼ばれる借景回遊式庭園。策彦周良作。獅子の形をした獅子岩、岩から生えている破岩の松などが有名。紅葉の名所。江戸時代には都林泉名勝図会にも紹介された名園。(春・秋の特別拝観日のみ一般公開。また、夜間にはライトアップされて公開される時もある)

2009年03月01日

何事もガチャガチャで決めている

ガチャガチャ
へろへろの友達で、何事もガチャガチャで決めている。例えば、彼が日直のときは「礼」が出続ければ礼をし続けなければならない。出続ける時には出続けるらしく、へろへろが「この間は、「礼」を64回したんだよね」と言う程礼が多数出た事もある。風邪の症状でさえもガチャガチャで決まる。ガチャガチャの形をした家に、家族3人で住む。ガチャガチャに従うことは家訓になっている。
プスプス
へろへろの友達で、オナラで話をする。元気がなくなる時はサツマイモやジャガイモ、ポテトチップスと言ったイモやイモの加工品を多数食べさせると元気になる。オナラで話をする為、臭い。一家揃ってオナラで話す。
ダンボット1(声:後藤邑子)
元々はヘロボットXのキャラだが本編に登場したキャラ。詳しくはヘロボロボロットの項目を参照。
ダンボット2
スピード自慢。
ダンボット3
通称ダンボットテレビ。名の通りテレビのダンボールから作られたロボット。パワー自慢。
ダンボット4
通称ダンボットパソコン。名の通りパソコンのダンボールから作られたロボット。頭がいい。
ダンボット5
通称ダンボットイチゴ。詳しくはスコッティーナの項目を参照。
ヘロボロボロット
初登場は『ヘロボットX』。へろへろパパの作ったロボットだが、総ダンボール製。作るのが非常に簡単なため、倒されるたび新しく作られる。一号のみ感情表現に乏しかったが、以降作られた機体ははっきりとした自我を持つ。そしてやはりどこかぬけている。一号は、魔神ゲロッピーとともに宇宙に散り、二号はウキウキ星に現れた宇宙人に連れて行かれた。新たに作られた三号は、流行に乗り、パーツ交換能力が付与された。また、へろへろ親子の実験材料にされるなど、あまりよい扱いを受けない。さらにへろへろパパが、「変形出来るか?」と問い、ハンガーやハンドバッグ、テーブルに変形したが、「家財道具じゃねぇ」と言ってブチギレて一度壊したことがある。その後、メカメカ博士の作ったダンボット(ダンボールロボット)という設定でウキウキ町に登場。へろへろと意気投合し、仲良くなる。
スコッティーナ
初登場は『ヘロボットX』。ティッシュペーパーの箱から作られている。ティッシュペーパーが全てなくなると死んでしまうが、ティッシュペーパーの箱で作られているためすぐ作り直される。ヘロボロボロット同様、メカメカ博士の作ったダンボット(ダンボールロボット)という設定でウキウキ町に登場。名前は『スコッティ』という製品名のティッシュペーパーから。
ワクワク
『特上へろへろくん』1巻で転校生として登場した女の子。キラキラよりも可愛いらしくへろへろを含むキラキラのクラスメートの男子は、彼女と初めて公園で会った日に一目惚れしたが、ワクワクすることが好きで、転けたり、倒れたりする危険な遊びをするのを見ているのが好きと言う性格に振り回され、帰宅時には皆敬遠するに至る程で、ボロボロが「死んじゃうかも」と言うほど。ただ、そんなことを気にしないへろへろとは気が合った。
デビデビ
『特上へろへろくん』1巻で転校生として登場した(自称)悪魔の子だが、誕生日は1月1日。鳩を嫌う。山の中にあるピラミッド状の建物に、母親とともに住む。
アニメには、おともだちしょうかいコーナー(屁狼伝の後コーナー)で少しだけ登場した。ゲーム版では、なぜか泣き虫な性格になっている。
ジョジョ
デビデビの母親で、自称魔女。本人曰く「切りづらい」らしいが、大きな鎌を包丁代わりにしている。ホウキを持っているが、空を飛ぶわけではなく、またがって走る。目の中に蜘蛛を入れて、蜘蛛の足をマスカラ代わりにするなど、不気味な人物。しかし、カレーを作る等家庭的な一面もある。だが、へろへろが鼻水でハエを捕獲した時、へろへろを「魔王様」呼ばわりした所から変わった人物である事も伺える。ゲーム版では、物語の秘密を解き明かす重要なキャラとして登場する。
ウラウラ
へろへろの友達で、占い好き。結構当たるらしいが劇中で当たった試しはない。
マジマジ
へろへろの友達で、手品が上手い。しゃべるときによくハートを付ける。作者が気に入っているのか、特上7巻以降は一巻(大抵)に一コマは登場する。
メラメラ
へろへろの友達で、格闘マニア。負けず嫌いで、一方的にへろへろをライバル視している。しかし、幼稚園児にも負けるほど弱く、全戦全敗である。
頭も弱い。攻撃を避けることすら出来ず、メラメラ曰く「同じ格闘家」と言うバキバキもメラメラの避け方の知らなさには呆れ返っていた。
一度、ウキウキ町に竜巻が発生した際にへろへろに戦いを挑もうとしたが、竜巻で飛ばされたへろへろの家に激突しへろへろの不戦勝だった。
ゼニゼニ
へろへろの友達で、お金好き。大阪弁でしゃべる。些細なことでも金を取り、うちわで仰ぐことでさえも金を取ろうとしている。秘密基地を作ろうとなったときも入場料を取ろうとしていて、バリバリに「観光地か?」と突っ込まれた。なお、入場料は、50円であるにもかかわらず、団体割引がある。また、自身が子供だからだろうが、全ての料金設定が100円以下であるが、へろへろが考えたバリバリを首領に、ボロボロとゲロゲロを怪人にした悪の秘密基地では科学者に設定され、「三千円で改造しまっせ」と言っている。
ホソホソ
へろへろの友達で、体がガリガリに痩せていている人と同じぐらい細い。体が細いため、UFOキャッチャーの景品取り出し口から中に入ることができる。
あみあみ
へろへろの友達で、編み物が上手。何でも編んでしまう女の子。自分の家や傘まで編んでいる。
とるとる
へろへろの友達で、何でもUFOキャッチャーのアームで取る。帽子にUFOキャッチャーのアームが付いており、腕にあるボタンを押して操作するが、あまり上手くない。
スケスケ
へろへろの友達で、名前の通り透明人間。写真が嫌い(撮っても全く写らないから)。
夢幻
『屁狼伝』に登場。絶対魔拳法と対立する恐雷苦魔拳法(おそらくまけんぽう)の使い手。へろへろをライバル視し、拳法大会決勝戦で、へろへろと雌雄を決した。

その他のキャラクター
バかんだ
作者の担当編集者である神田本人で、こわこわくんのモデルになる。作中では、遊んでばかりいる作者のバカみやたかひろにお仕置きをしている。バカみやに対して常にマンガの原稿を催促しており、口癖は「かけ」である。アニメ未登場。
バカみやたかひろ
作者のかみやたかひろ本人。何時も遊んでおり、担当のバカんだにお仕置きをされっぱなしである。アニメ未登場。
オーナー スキャン マカダミ プレリ トリニダード ジャタン ミヤコサ コビット ラトビア ギナー サイプ シャッフル ネイル ガイア コナ最適 ネバダ ナビミュ 猫物語 たてにしき オート セネガ フローズン スーパ 秋のメルヘン ゼルオー ハルツーム はっく ハードル イタリック サクセス シャーク シート ハイオ キッチュ ロール シアーズ アカマ ジルバ サーズ リバー テーマ ディアム クッパ ねこふん ノーモア フェーズ プレイ さかい ファイ ビタミン

魔人(声:長嶝高士)
ミュン(声:田村ゆかり)
色気歩代
アイドルか女優かは定かではないが、芸能人である。バリバリが彼女のセミヌード写真集を所持している。写真集を出している所からすると人気がある様だ。アニメ未登場。

2009年02月11日

シスター・プリンセス

12人の妹たちが遠く離れて暮らす兄を思慕する様子を描いたものである。天広直人(作画)と公野櫻子(キャラクター設定・文)の2人がこれに携わった。
パンチ ナビスパ キログラム ユーロ 風花 スマート ラビット リュクス リバー ナビピ スタチオ パラダイス 朝の山道 タイム すいば レバー クニカル ハイレ アーマー マレーシア まーこ ビフテキ 生かす マラケ 自然薯 ボック プラチナ ライフプ オマーン ドーハ 道しるべ オーガ うみわに ミーズ あかちゃ トロンボ 逢坂の関 スポッ シティ ミックス ドマーク ジニーメイ スプレッド はっさく フリート フォトン ブレード シアトー タイム ハウス

シスター・プリンセスの起源は、『電撃G'sマガジン』1999年3月号から始まった読者参加型誌上企画『シスター・プリンセス 〜お兄ちゃん大好き?〜』にまで遡る。そしてここからゲームやテレビアニメなど様々なメディアミックスに派生し、発展していった。

これら各メディアは誌上連載イラストストーリーの電撃G'sマガジン本誌掲載時期に倣い、時期ごとに「1期」「2期」「3期」「4期」と大別される。

このうち原作に分類されるものは、誌上連載イラストストーリーを収録した単行本、書き下ろし単行本『キャラクターコレクション』、アニメ第2作目『シスター・プリンセス 〜リピュア〜』のキャラクターズパート、およびラジオドラマを収録したCD6種とされる。しかし、原作定義からは外れるゲーム版やアニメ版にも様々なエピソードが詰め込まれており、これらも一緒に嗜んでいないと全体像が見えてこないのがメディアミックス作品の妙である。

メインキャラクター

シスター・プリンセスは各メディアごとで世界観がかなり異なっているが、12人の妹たちの設定はおおよそ共通している。苗字が設定されていないのは、彼女達に「誌上ゲームの主人公 = 読者の妹」という設定があったためである。

原作では兄妹2人で一対一の関係であるのに対し、ゲーム版・アニメ版ではともに兄1人に対し妹が12人もいるという設定になっている。このゲーム版・アニメ版のギャルゲー的世界観がインターネットサイト各所や同人誌二次創作等でブレイクし、「12人の妹」という強烈なインパクトを持つこの言葉はここで生まれたのである。なお、ゲーム版・アニメ版の隆盛期では、原作も一時的に妹12人が一堂に集う世界観へとシフトしていた。

妹たちの年齢については、各個人の「妄想」に委ねるという形で正式には公表されていない。書き下ろし単行本『キャラクターコレクション』では白雪が数学を受講していること、ゲーム第1作目『Sister Princess』では咲耶が中学校(ないしは高校)の卒業式に出席している段階で、衛が中学生で、花穂が小学校高学年であること、アニメ第2作目『リピュア』キャラクターズでは鈴凛が中学生以上であることが推測できるのみである。あるイラストからは、千影が中学校一年生用の教科書を使用していることが確認できる。雛子に関してはいくつか判明ポイントはあるものの、アニメ第1作目『シスター?プリンセス』では幼稚園児、ゲーム第2作目『Sister Princess 2』では誕生日前9歳、誕生日後10歳(バースディケーキのろうそくの数より)という扱いになっており、はっきりしない。同人誌などの二次創作物では咲耶・千影・春歌を最年長組、雛子・亞里亞を最年少組と分けるのが一般的なようである。なお、単純に身長によって年齢が定まるものでもなく、例えば身長150cmの衛は妹たちの中では5番目に背が高いが、ともに148cmの可憐や鞠絵よりも年下の扱いをされることが多い。また、アニメ第1作目では雛子・亞里亞・花穂の身長は原作のそれに比べ低め、白雪の身長は高めに(見かけ上、設定上は同一)表現されている。

" "内に示しているものは、その妹独特の兄の呼び方、および「一人称」。

可憐(かれん)
"お兄ちゃん(おにいちゃん)―可憐"
身長148cm、9月23日生まれ
声 - 桑谷夏子(日本版)、チャウ・マンイン(香港版)、ヤン・カイカイ(台湾版)、ヒアリー・ハッグ(英語版)
清純派ヒロイン風の妹。髪型はその艶やかなロングヘアに一部三つ編みを組み込んだ形にしていることが多い。良家の育ちのようでしつけが良く、兄に対しても敬語で接する。ピアノが得意。アニメ第1作目では帰国子女で飛び級という設定になっている。小さい子たちの面倒を見るしっかり者だが、兄に対してはちょっぴり甘えん坊な感じも見せる。各種メディアのジャケットに描かれる機会が多く、一応本作品のメインヒロインという位置付けのようである。なお、連載開始当初の設定では三つ編みがなく、一人称が「私」だった。
花穂(かほ)
"お兄ちゃま(おにいちゃま)―花穂"
身長143cm、1月7日生まれ
声 - 望月久代(日)、ルイス・ホー(香)、シェ・ジャオジュエン(台)、シンティア・マーティンス(英)
よく転びまくる生粋のドジっ娘系妹。それでも兄のことを応援するため、チアリーディング部に所属して練習に励んでいる健気な女の子。髪型は肩までのセミロングで、ヘアバンドをしていることが多い。お嬢様タイプが多い妹たちの中では比較的庶民派タイプの妹であり、自宅や学校でお花を育てるのが好き。体重をかなり気にしており、幾度となくダイエットを試みるも食欲に勝てず失敗に終わる。連載開始当初は可憐に次ぐサブヒロイン的な位置付けが為されていたが、その地位は徐々に後述の咲耶にシフトしていった。連載開始当初の設定ではドジっ娘という設定がなく、一人称も可憐と同じく「私」だった。
衛(まもる)
"あにぃ―ボク"
身長150cm、10月18日生まれ
声 - 小林由美子(日)、ジュディー・チュン(香)、ヤン・カイカイ(台)、キラ・ビンセントデービス(英)
スポーツ好きで、健康的な魅力を持つ妹。髪型はボーイッシュなセミショートで、一人称は「ボク」。スノーボードやインラインスケートやマウンテンバイクが特に好きなようで、ファッションスタイルにもそれが反映されている。兄に女の子扱いされたくないがためにブラジャーをしていない。球技以外のスポーツを得意としている。なお、第一期では「あにぃ! 応援しろよなっ!」などの発言があるように、以後のシリーズよりも台詞がかなり荒っぽかった。立位体前屈 24cm、背筋力 107kg、握力 右/32kg 左/30kg、垂直跳び 53cm、反復横跳び 48回/20秒、伏臥上体そらし 66cm。
咲耶(さくや)
"お兄様(おにいさま)―私(わたし)(幼少期 - さくや)"
身長159cm、12月20日生まれ
声 - 堀江由衣(日)、パンシー・ツァン(香)、タオ・ミンシェン(台)、モニカ・ライアル(英)
兄の気を引くため色っぽい振る舞いを見せる、小悪魔系の妹。髪型はツインテールにしていることが多いが、ゲーム版などでは別の髪型にしていることもある。気が強く、大好きな兄を振り回して楽しんでいるようなところがある。おしゃれ好きで、兄に服を見立ててあげるのも好き。人目を引くその存在感は、ファッション誌のカメラマンの目にも留まるほどである。兄が他の女性と仲良さそうにしていると、やきもちを妬いてすぐに膨れるという意外と子供っぽい一面もある。12人が一堂に集う世界観のゲーム版・アニメ版では最年長的な役回りを担当する。連載開始当初は言葉遣いがやや子供っぽく、また、等身も低かった。ちなみに電撃G'sマガジンの誌上ゲームでは、彼女1人で2000票前後を稼ぐほどの人気を誇っていた。
雛子(ひなこ)
"おにいたま―ヒナ"
身長132cm、8月15日生まれ
声 - 千葉千恵巳(日)、ヨーキ・ラム(香)、ショ・シューピン(台)、サレナ・バージース(英)
無邪気で人懐っこい性格の妹。「くしし」という特徴的な笑い方と、その舌っ足らずな話し方が愛らしさを醸し出している。髪型は似たような髪型の咲耶に比べると遥かに短めのツインテールで、咲耶のそれよりも頭頂部に近い位置で結っている。12人の中では最年少とされているが、年齢設定は前述の通りメディアによって大きな差がある。アヒルの人形のピヨちゃんが宝物で、ママと兄のそばにいるのが好き。なお、よく見ると企画第一期では一人称が「私」または「ひな(ひらがな表記)」だった時期もあったようである。
鞠絵(まりえ)
"兄上様(あにうえさま)―わたくし"
身長148cm、4月4日生まれ
声 - 柚木涼香(日)、シャロン・レオン(香)、マ・メイリー(台)、サーシャ・ペイシンガー(英)
病弱であるため、遠く離れた高原の療養所で入院生活をしている妹。12人の中で唯一眼鏡を掛けている眼鏡っ娘キャラクターで、髪型はオーソドックスな三つ編み。読書が好きで、おとなしく控えめな性格。療養所では小さい子たちのお姉さん的な役割をしている。兄が見舞いに来られない間も、ペットのゴールデン・レトリバー「ミカエル」がいつもそばについている。なお、連載開始当初は一人称が「私」で、公式サイト内のキャラクター紹介においても一人称が「私」になっている。
白雪(しらゆき)
"にいさま―姫(ひめ)"
身長140cm、2月11日生まれ
声 - 横手久美子(現・氷青)(日)、ジングル・ツァン(香)、ショ・シューピン(台)、ジェシカ・ブーン(英)
料理が大好きな妹。髪型は非常に独特の形をしたロールヘアで、それを大きなリボンでまとめている。明るくおっとりした性格で、非常に温厚。自分のことを「姫」と呼び、「 - ですの」という独特の話し方をする。原作ではお菓子作りが好きな普通のかわいらしい妹だが、ゲーム第1作目及びアニメ第1作目では一部場面で変な料理作りをするキャラクターにされている。連載開始当初の設定では一人称が「私」であり、兄を「あに兄(あにあに)」と呼んでおり、髪形も多少違っていた。これは彼女のファンの間ではある種のタブーとされている(なお、兄呼称「あに兄」の白雪を白雪αと呼ぶ場合がある)。
鈴凛(りんりん)
"アニキ―私(あたし・わたし)(幼少期 - リン)"
身長152cm、7月9日生まれ
声 - 神崎ちろ(日)、トレイシー・ライ(香)、シェ・ジャオジュエン(台)、ナンシー・ノヴォットニー(英)
発明家として類まれなる才能を持つ理系妹。髪型はショートで、頭にはゴーグルを付けていることが多い。機械いじりが好きなのはおじいさんの影響であると思われる。自分そっくりな等身大ロボット「メカ鈴凛」を製作し、以後も改良を重ねている。他にも「恐怖のジョギング追っかけマシーン・シザーマン」など、独特の発明品がある。つなぎやチャイナドレスをモチーフにしたファッションが好み。明るくさっぱりしているが、少々図太い性格のようで、研究資金難になるたびに兄から平然と小遣いをせびる。第一期では「アニキ! 私に一票お願いっ!」と、露骨にファン投票を意識したコメントを発していた。
千影(ちかげ)
"兄くん(あにくん)―私(わたし)(幼少期 - ちか)"
身長157cm、3月6日生まれ
声 - 川澄綾子(日)、ツェ・ギッチン(香)、シェ・ジャオジュエン(台)、シェリー・カリンブラック(英)
魔女のような妖しい魅力を持つ妹。髪型はそのロングヘアを後頭部でシニヨンにしてまとめている。寡黙でめったに口を開かず、一人部屋にこもってタロット占いをしていることが多い。オカルト系の文献を集めていたり怪しい薬草を調合していたりと、妹でありながら何を考えているのか分からないところがある。原作では前世からの結びつきで兄妹として転生したという設定だが、ゲーム第1作目では魔界の住人というとんでもない設定にされていた。誕生日についてはユダヤ暦に直すと7月10日前後で、原作並びに『リピュア』の金色の果実の話にでてきた贖罪の日と合致し、何らかの関係があると思われる。ちなみに電撃G'sマガジン本誌連載第1回目の人気投票においては1位を獲得するなど、咲耶とは常に人気投票のトップの座を争っていた。
春歌(はるか)
"兄君さま(あにぎみさま)―ワタクシ(幼少期 - ハルカ)"
身長156cm、5月16日生まれ
声 - かかずゆみ(日)、ペギー・チュー(香)、ショ・シューピン(台)、ティファニー・グラントゥ(英)
兄の護衛と身の回りの世話をするためにはるばるドイツからやってきた妹で、本誌連載初期の後半において追加された3人の妹の1人。髪型はポニーテールで、サイドのお下げには和風の装飾を施していることが多い。立派な大和撫子になろうと茶道や武道(薙刀、弓道、合気道)など様々な稽古事を習っており、技能面では兄以上に何でもできる。その一方で兄を立てることを忘れない淑やかさも兼ね備えた、まさに良妻賢母型の妹である。しかし、その独特の服装と言動はやや浮世離れしており、また、おかしな妄想をして暴走したり天然ボケを見せたりといった一面もある。顔を赤らめる時に「ポッ?」「ポポポ?」という擬態語が口から出る。途中、制服姿や水着姿を見せたことでシリーズ後期から突如人気が急上昇した。なお、初登場時の兄の呼び方は「兄君」だった(以後のシリーズのように「 - さま」が付かない)。
四葉(よつば)
"兄チャマ(あにちゃま)―四葉"
身長149cm、6月21日生まれ
声 - 半場友恵(日)、セニア・ウォン(香)、タオ・ミンシェン(台)、ルーサイ・クリスチャン(英)
日本で暮らす兄のことが知りたくてイギリスからやってきた妹で、本誌連載初期の後半において追加された3人の妹の1人。髪型はツーサイドアップ。名探偵を自称しており、兄を容疑者に見立てて何でもかんでも「チェキ」しまくる。口癖も「チェキデスぅー!!」(「です」「ます」は必ずカタカナ表記)。ムードメーカーであると同時に、周囲をひっかき回すトラブルメーカーでもある。底抜けに明るい性格だが、明るすぎて少々ネジが緩んでいる。兄の本当の気持ちを確かめるため、「怪盗クローバー」に変装したりもする。鈴凛とは特に馬が合うようで、ペアで行動することが多い。ドーナツが大好物。
亞里亞(ありあ)
"兄や(にいや)―亞里亞"
身長139cm、11月2日生まれ
声 - 水樹奈々(日)、ジョイス・チャン(香)、ヤン・カイカイ(台)、マリエラ・オルティツ(英)
フランスからやってきた妹で、本誌連載初期の後半において追加された3人の妹の1人。髪型はサイドをロール状にし、後部をシニヨンにしたロングヘアで、頭頂部を衣装に合わせてヘッドドレスで装飾していることが多い。日本に来てからも所有の大豪邸で暮らす生粋のお嬢様であり、同年代の子供に比べると遥かに世間知らずなところがある(兄妹間でなぜ身分の差があるのかについては曖昧にされており、詳細は不明)。のんびり屋で独特のテンポを持ち、そしてちょっぴり泣き虫。少々世話がかかるタイプのようで、御付のメイド「じいや」にいつもわがままを言っては困らせている。お菓子が大好きだが、兄のことはそれ以上に好き。歌うのが特技で、12人いる中でもおそらく最も上手(担当声優の歌唱力のみならず、キャラクター設定としても存在する)。


読者が「お兄ちゃん」となる誌上企画をノベライズ・ゲーム化・アニメ化していくにあたり、キャラクターとしての「兄」を書き起こす必要が生じてきた。こうしてキャラクターとしてつくられたこの兄だが、実はメディアごとで大きな相違点がある。全員が全くの別人格なのである。そして兄の違いがメディアごとでのシスター・プリンセスの違いにもなっている。ここでは、その兄たちの比較点を述べていくことで各メディアごとの解説としていく。

原作版の兄
原作版の兄は象徴的存在で、12人の妹たち1人1人に用意されている。兄と妹は「ある事情」で別々に暮らしており、この2人が自由に会う許可を親から得られているのは「お兄ちゃんの日」だけ、ということになっている(その理由は伏せられている)。原作は全て妹からの視点ゆえ、ここで語られる兄の姿はあくまで妹の主観像なのだが、それでも落ち着きと余裕のある性格で、妹から見てとても頼れる存在。そして妹をいじめたりあまりきつく叱ったりしない優しい性格であるということが把握できる。容姿に関してもかなりのイケメンで、妹から好かれると考えられる要素は全部持ち合わせているのである。ただし、咲耶の兄は少しのんびり屋で異性にあまり免疫がないようなタイプとして語られるなど、妹ごとで兄の性格に若干の違いが見られる。高校2年ぐらいと考えられるが、特に明記されているわけではない。ちなみに、兄が着ている制服は当初はアニメ2作品両方の兄が着ているものと同じデザインだったが、4期では紺色のブレザーになっている。
住んでいる場所
天広直人が描くイラストストーリーの挿絵や、この原作定義に分類されるアニメ『リピュア』キャラクターズパート各話などからも分かるように、自動車が往来を走り、コンビニもあればカラオケ店もある、現実世界が舞台。比較的規模が大きい都市と考えられる。どこの地方都市かというのは具体的にはないので、そのあたりは読者が自由に想像して楽しめるようになっている。前述の通り、兄妹は別々の暮らしをしているのだが、住んでいる場所の距離に関してはおそらくそんなに離れてはいないということが『キャラクターコレクション』各巻から分かる。
ゲーム版の兄
月一回ペースの誌上企画やイラストストーリーの連載だけではとても伝えきれない、様々なエピソードを詰め込んでシスター・プリンセスはゲーム化された。このゲーム化によって12人の妹たちが姉妹として集い、よりどりみどりに登場するギャルゲー的世界観が初めて採用された。そして原作では常に妹からの視点だったのに対してゲーム版では兄からの視点となり、ここで初めて兄の主観が語られたのである。しかし、作品がギャルゲーとして作られたが故の利害も起きた。ゲーム版の兄は原作で語られる頼りがいがある兄をそのまま主人公として据えたものとしてメイキングされたものであり、現に「悪者は追い払うし、台詞の1つ1つに妹を大切に思う気持ちが込められているので感情移入しやすい」「リアクションが面白い」といった理由で好印象を示したファンもいたが、その一方で「妹たちに引っ張り回されるばかりで主体性がない」「兄妹なのに全員に八方美人な付き合い方」というその典型的ギャルゲー主人公ぶりに猛反発するファンや「原作の兄のイメージを壊された」と評するファンもいるといったように、かなり賛否が分かれる兄だった。夏休みを舞台にした『Sister Princess 2』でも、白並木学園の高等部に通う高校生であるなどほぼ同じキャラクター設定で再登場したが、時期を経て成長したのか頼りがいのある兄らしさを見せる。なお、後述のアニメ第1作目に登場する兄・海神航はマークシートの答えをずらして書いていたことが原因で志望校に受からなかったという設定になっているが、ゲーム第1作目の兄も同様のミスが原因でテストで赤点を貰っている。

2009年01月24日

ガンダム試作1号機(ゼフィランサス)


セッサカー リネーム ソテー トラック きょうお チップ ゴブラン サンファ デリバリー プレー スパンキ ラシン カーレース シリコンウ リテーラー フォワ フラン アデニ ジャケット コスミド クロロ いいだこ ニポポ あしべつ ファゴット トニア ソックス スンニ ロジカル ほうゆう むろね ヒッピー バックホ リラックス せれべす かばん ライ麦 ツアー わらぐつ チャクラ カード キミと僕 ハーフマラ ももいろ コータロウ スンダ 恋模様 ターボ カゼイン メルシ
ガンダム試作1号機(ガンダムしさく1ごうき、GUNDAM GP01)は、地球連邦軍の試作型汎用MSである。コードネームはガンダムゼフィランサス (GUNDAM ZEPHYRANTHES) という(型式番号:RX-78GP01)。

コードネームの「ゼフィランサス」は、同名のヒガンバナ科の植物から付けられている。花言葉は「清き愛情」など。

機体諸元 ガンダム試作1号機(ゼフィランサス)
型式番号 RX-78GP01
所属 地球連邦軍
製造 アナハイム・エレクトロニクス社
生産形態 試作機
全高 18.0m
本体重量 39.7t
全備重量 65.0t
ジェネレーター出力 1,790kw
スラスター総推力 108,000kg
装甲材質 ルナ・チタニウム合金
武装 60mmバルカン砲×2
ビームサーベル×2
ビームライフル
90mmマシンガン
シールド
主な搭乗者 コウ・ウラキ

機体解説
一年戦争で戦果を挙げたRX-78ガンダムをベースに改修・設定変更され、汎用人型兵器としての性能を極限まで引き出すことをコンセプトに開発されたMSである。アナハイムの先進開発事業部「クラブ・ワークス」が本体の開発を担当し、コア・ファイターはAEハービック社が開発を担当した。ガンダム開発計画発動より2年後の宇宙世紀0083年9月29日、フォン・ブラウン市にあるアナハイムのリバモア工場においてロールアウトした。

当初、アナハイム所属のパイロットのニール・クレッチマンがテストを担当する予定だったが、ジェネレーターのテスト中の事故により死亡、急遽連邦軍パイロットが担当することとなった。

コア・ファイターII
機体諸元 コア・ファイターII
型式番号 FF-X II (FF-X7II)
所属 地球連邦軍
全長 14.7m
翼巾 10.5m
全備重量 15.9t
スラスター総推力 84,000kg
武装 ビームガン×2
主な搭乗者 コウ・ウラキ
V作戦によって作られた地球連邦軍の試作MS群(ガンタンク、ガンキャノン、ガンダム)に続いて、パイロット及び実戦データの回収と汎用性の向上のためにコア・ブロック・システムを採用する。機体の剛性低下と重量増加を伴うシステムの有効性を再検証するためとも言われ、内蔵するコア・ファイターII(型式番号:FF-XIIあるいはFF-X7II)はそれまでのもの以上に高性能な小型戦闘機として機能する。システムはバーティカル・イン・ザ・ボディ方式に代わりホリゾンタル・イン・ザ・ボディ方式を採用し、コア・ブロック時には機体に対してコクピットを含む機首とエンジンブロックを下方にコの字型に折り畳む。この方式を採用することによりコア・ファイターのコクピットブロックやジェネレーターばかりでなく、エアインテークシステムやスラスターユニット、武装も運用可能になった。

本機は、地上用としての装備しか施されていないが、コア・ファイターIIを宇宙用のものに換装し調整を施すことにより容易に宇宙戦仕様へと仕様変更が可能である。劇中で登場した宇宙戦仕様ガンダム試作1号機フルバーニアン(型式番号:RX-78GP01-Fb)は、仕様変更の前の戦闘による機体の損傷が激しかったため、コア・ファイターの換装だけでなく、補修を兼ねてMS本体も各種の仕様変更・改装が施されており、本来のガンダム試作1号機宇宙戦仕様とは外観も含めて別物に近かったようだ。

各部解説
この機体は四肢の構造に新しい設計思想を採用している。これまで四肢の駆動は本体側から行われてきたが、これを四肢側からの駆動に改めている。腕部に関しては新しいコア・ブロック・システムを採用したことにより本体側に機構を組み込むことができなかったことも影響している。これらの設計思想はのちにムーバブルフレームへと発展し、以後のMS開発への礎を築いた。

武装
60mmバルカン砲
近接火器として側頭部に2門装備されている。
ビームサーベル
ブラッシュ社製。バックパックに2基装備。コア・ファイター時にはビームガンとして機能する。しかし、ジェネレーターの出力不足から、威嚇程度の攻撃力しかなかった。
ビームライフル
型式番号:BAUVA・XBR-M-82-05H
ボウワ社開発のエネルギーパック方式を採用したビームライフル。近接戦闘の防御も考慮されており、ジュッテと呼ばれる小型のビームサーベルを装備している。
90mmマシンガン(ブルパップ・マシンガン)
この時期の連邦軍モビルスーツの標準兵装。劇中第2話において使用した。
専用シールド
型式番号:RX・Vsh-023F/S-04712
伸縮可能で取り回しが考慮されている。耐ビームコーティング処理がされており、数回のビームの直撃に耐えうる。

劇中での活躍
性能実験のため、ガンダム試作2号機とともにトリントン基地に搬送されたが、ジオン軍残党による襲撃により2号機を強奪され、その追撃作戦に投入された。宇宙に上がった後、シーマ艦隊との交戦で地上用装備のまま出撃を強行し、大破。宇宙戦闘仕様に改装され、フルバーニアンとなった。

マクロスシリーズのメカニックデザインを行っている河森正治がメインデザインを、カトキハジメが足裏や武器のデザインを担当した。ガンダムと異なりコア・ファイターが地面に対して垂直ではなく平行に搭載されていたり、バックパックと兼用している(航空機マニアの河森からすると、あれだけの出力の推進装置をモビルスーツ形態で使用していないのは考えられないとのこと)。

試作1号機のバリエーション
RX-78GP01宇宙戦仕様
RX-78GP01-Fb ガンダム試作1号機フルバーニアン
RX-78GP01-ST ストライクGP01
『GUNDAM WEAPONS ガンダムGP01編』に登場。
RX-78GP01-FA ガンダム試作1号機フルアーマー(フルアーマーGP01)
『GUNDAM WEAPONS ガンダムGP01編』に登場。
RX-78GP01PF パーフェクトガンダムGP01(パーフェクトガンダム4号機)
『GUNDAM WEAPONS ガンダムGP01編』に登場。

ガンダム試作1号機フルバーニアン
ガンダム試作1号機フルバーニアン(ガンダムしさく1ごうきフルバーニアン、GUNDAM GP01 Fb)は、地球連邦軍の試作型汎用MSガンダム試作1号機を宇宙戦仕様に換装・改装したものである。コードネームはガンダムゼフィランサスフルバーニアン (GUNDAM ZEPHYRANTHES FULL-BURNERN) という(型式番号:RX-78GP01-Fb)。

機体諸元 ガンダム試作1号機フルバーニアン
型式番号 RX-78GP01-Fb
所属 地球連邦軍
製造 アナハイム・エレクトロニクス社
生産形態 試作機
全高 18.0m
本体重量 43.2t
全備重量 74.0t
ジェネレーター出力 2,045kw
スラスター総推力 234,000kg
装甲材質 ルナ・チタニウム合金
武装 60mmバルカン砲×2
ビームサーベル×2
ビームライフル
シールド
主な搭乗者 コウ・ウラキ

機体解説
本来ガンダム試作1号機はコア・ファイターの換装と脚部のオプションなどにより重力下仕様から宇宙戦仕様に変更することができるように設計されていた。

開発初期のトライアルプランでは胸部スラスターは片側4基の計8基を設置している。一方、肩部のスラスターユニットは片側2基となっている。バックパックには後の同じくアナハイム社製のEx-Sガンダムへと繋がるジェネレーターを内蔵するタイプのバーニアユニットを2基装備している。そこにビームサーベルとともにムーバブル・フレームで接続されたユニバーサル・ブースト・ポッドには片側3基のスラスターノズルが設置されている。また、脛部にも2基のスラスターが確認されている。

実際に宇宙戦仕様の装備はガンダム試作1号機のロールアウト時には完成していた。しかし本来予定されていたテストを行えないまま、ガンダム試作1号機はデラーズ紛争に投入されシーマ艦隊との戦闘で大破してしまった。機体はアナハイムのフォン・ブラウン工場に搬入され、機体の補修を兼ねて大幅な設計変更を行うことで宇宙戦仕様に改修された。結果、当初予定されていた「宇宙戦仕様」とは大幅に異なる機体となった。この作業はわずか2日で完了し、アナハイムのリバモア工場で運用テストが行われている。

デラーズ紛争後は記録が抹消された影響で、この機体の存在は闇に葬られたが、ガンダムTR-1[ヘイズル]のブースターユニットなどにこの機体の技術が流用されたと言われ、「フルバーニアン」の名を持つガンダムとして、パイロット達の間でその存在が囁かれることとなる。

その圧倒的な加速性はシーマ・ガラハウに「バッタか!?」と絶叫させたほどである。

2009年01月17日

第一次アトロパテネ会戦

万騎長(マルズバーン)
武将に与えられるパルスの官職。第一部では実際に1万人の騎兵を率いる。第一次アトロパテネ会戦当時、ダリューン、クバード、シャプール、カーラーン、マヌーチュルフ、ハイル、クルプ、クシャエータ(以上8名はアトロパテネに参戦、ただしダリューンは開戦直前に解任)、キシュワード、バフマン(東方国境のペシャワール城砦に駐留)、ガルシャースフ、サーム(王都エクバターナの留守居役)の12人が任命されていた。万騎長の下には、千騎長、百騎長がいる。第2部では兵制改革によって名誉ある将軍の職になり、実際に1万の騎兵を率いるわけではない。
大将軍(エーラーン)
パルス軍の武将では最高位にあたる官職。パルス全軍で1人しかいない。第一次アトロパテネ会戦当時はヴァフリーズ。先王のオスロエス五世時代には、王弟であるアンドラゴラス三世であった。アルスラーン即位後は万騎長であったキシュワードが就任する。
ダルバンド(ダルヴァンド)内海
パルス、マルヤム、トゥラーンの間にある広大な湖。現実世界のカスピ海に相当する。潮の干満があり、塩分が含まれているので実際の海と変わらない。漁業、造塩業が盛んで、パルス=マルヤム間では貿易も盛んであったが、マルヤムがルシタニアに滅ぼされてからは中断されている。
デマヴァンド山
パルスにある山で、蛇王ザッハークが封印されていると言われる。パルスでは「魔の山」として恐れられているが、山麓には集落も存在する。英雄王カイ・ホスローが軍装をしたまま、宝剣ルクナバードとともに葬られていた。
不死隊(アタナトイ)
パルスの国王親衛隊で五千人の屈強な騎兵から構成される。大将軍の直属もしくは国王の直率と思われる。アルスラーンの新軍制下では廃止された。
獅子狩人(シールギール)
単身で獅子(シール)=ライオンを仕留めた戦士に対して贈られる称号。アルスラーンも第2部の狩猟祭(ハルナーク)においてこの称号を得た。なお、現実世界ではほぼ絶滅してしまっているが、かつては物語の舞台のモデルとなっているインドや西アジアにもライオンが生息していた。
芸香(ヘンルーダ)
オレンジに似たさわやかな香りのする香料。ザッハークの眷属を寄せつけず、またこれを塗った武器で傷をつけると致命傷になることもある。焚き火や松明に投じることで香りが一層広がる。
紅玉(ラアル)
紅い宝石。ルビーの事(一部「ルビー」とルビがふられている箇所あり)だが、旧バダフシャーン公国で産出されるものは恐らくスピネルと思われる(レッド・スピネルの別名「バラス・ルビー」は、実在の地名バダフシャーンに由来する、との説がある。現実世界においても、かつてはこの2種類の宝石は区別されていなかった)。
緑玉(エメラルド)
魔を祓う力を持つといわれる宝石。特にザッハークの眷属を寄せ付けない。
有翼猿鬼(アフラ・ヴィラーダ)
ザッハークの眷属。空を飛ぶ有翼の魔物。人肉、特に柔らかい子供を好んで喰らうという。血には毒がある。
鳥面人妖(ガブル・ネリーシャ)
ルント シャイ インタン トラム バプ 冬の枝 ハニー はしかみ スタッ ロルプロ トザウルス マリオ ロール ライカ カースト 花月 フェンシ モリブデン マジック おんかま シッキ サンドバ ニング ワラント サウスポー ミール きんしゃ ブランチ プロジ タッグ れんおん シルク チャカレ ヒュンダ くわのじつ ストラ 空を見 シャー リチャ 黄砂 オープン オリンズ ジブチ わどまり あずきいろ パリティ ビーフン コクト ひしがた バカラ

ザッハークの眷属。空を飛ぶ有翼の魔物。人語を話し、変装して人間の中に紛れ込むこともある。人間の赤ん坊、特に胎児を好んで喰らう。嘴を切り落とされても再生する。
四眼犬(シェムル)
ザッハークの眷属。四つの眼を持つ犬で、黄色の眼一対と赤い眼一対もつ。
食屍鬼(グール)
ザッハークの眷属。人間の戯画のような姿で、好んで死者の肉を喰らう。もっぱら辺境の地に跋扈するという。
客将軍(アミーン)
ミスルに使えるクシャーフルに与えられたミスルの称号。かつてマルヤムからの亡命者に与えられた称号をもとにしたもの。
孔雀姫(ターヴース)
ミスルに後宮に納められる女に与えられる称号。
ガズ
パルスにおける長さの単位。1ガズは約1メートル。
ファルサング
パルスにおける距離の単位。1ファルサングは約5キロメートル。
金貨(デーナール)、銀貨(ドラフム)、銅貨(ミスカール)
それぞれの貨幣のパルス語での呼称。通貨単位は登場しないが、作中の記述では貨幣の枚数と価値がほぼ比例しているので、少なくともパルスなど主要国では公定の貨幣制度が存在している様子。パルス金貨1枚は銀貨20枚に相当する(第6巻の記述より)。なおアルフリードによれば、自由民が手にするのは普通は銀貨どまりで、金貨は「まともな人間の手にははいらないようになっている」との事。
王族(ワースプフラーン)、貴族(ワズルガーン)、騎士(アーザーターン)、自由民(アーザート)、奴隷(ゴラーム)
パルスにおける身分制度。アルスラーン即位後のパルスにおいては奴隷階級は廃止された。